あのときのつどい in 山田町

「毎日、八藝舘ハチゲイカン」
「あのときのつどい特別編」

こんばんは。
今日は朝イチで北上市で仕事をしてから花巻市のKirkas nail に寄って、今年も3.11あのときのつどいに参加するために山田町の龍泉寺さんに向かいました。

去年のFacebookにも書いた通り、この日は盛岡には居たくないので今年も山田町に行ってきました。


夕方前に着いたんで準備から参加して、たった2時間だけどロウソクだけの灯りで、あの日の話しをしながら思い出してきました。

ここから先は、東日本大震災に関係があった人だけ読んで下さい。
関係ない人は読まないで下さい。

震災の時に物で困ることはなかったけど、とにかくガソリンを手に入れるのに困った記憶しかないなあ。今はコロナでマスクやトイレットペーパー等で困ってもいないのに人の醜さ全開にしてるけどね。

盛岡の人の生活は被災していないから9年前の生活と全く変わっていないけど、沿岸で被災した人の生活は被災した時と変わっていなくて困ったままの人もいるんだよ。

いつまでも被災地や復興って言っていないで、前を向いて歩っていかなきゃって思います。って声も聞くけど、本当か?
石巻に帰るたびに思うけど、海の近くは未だに道路すら出来ていないし何にも進んでいないぞ。
岩手県の三陸沿岸もまだまだだろう。

僕の住んでいる盛岡では、復興イベントや絆って言葉をすっかり手垢に塗れたものにしてしまっています。
今はどっかの国みたいに全部コロナのせいにして、金儲けはやめないくせに節約ケチケチモード全開にしてイベントや飲み会を自粛や中止にしやがって。

本当に情けなくなるのが盛岡のイベントページで3.11前後のイベントが軒並み中止になってるのが、その内容見てみるとまあまあ金持ちババアの暇つぶしイベントのオンパレードで、全く良識を疑います。

たまには人のために金使ってみろ。沿岸グルメツアーやって沿岸に貢献してきましたって喜んでいるけど、お前らの満たせねえ性欲を食欲に替えただけだろう。
沿岸の仮設住宅のポストに封筒に1,000円入れて配ってこい、この薄らトンカチが。

今月いっぱい文句を言いそうなので最後になりますが、今年も心の整理がつかなくて石巻での式典には出席できませんでした。
そしてこの日だけは盛岡を嫌いになってしまって、自分のやっている保険業や金融業なんて有事の際には何の役にも立たないことを知っています。
生命保険なんて何の役にも立ちませんでしたから。
財布にいくらお金が入っていてもガソリンすら買えなくて、友人がガソリンを分けてくれたから石巻に行って両親を盛岡に連れて来れたんですから。

当分はあの時と全く同じで、明日もトイレットペーパーやマスクを取り合うんでしょうね?
いつになったら持ってる人が困っている人に分けて上げるようになるんでしょうね?
いい加減持ってる人はお年寄りや子供のいる家に分けてやれよ。

 

タワーズビル株式会社
株式会社 盛岡八幡家守舎
代表 及川淳哉

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